父は、もはや体を動かすことも
口をきくこともできなくなりました。
それなのに
体が動かなくても
手を合掌しようとし、
祈ろうとしていた父でした。
(祈って何になるんだ)
私は内心思いました。
父が理解できませんでした。
そんなある日、
枕もとに置いている聖母マリア(キリストのお母さん)の絵を
目で一生懸命見るのです。
「なんや、おとうちゃん?」
私が聞くと
必死に聖母マリアの絵を見ます。
「そうか、わかった。」
私は、父の額に聖母マリアの絵を近づけました。
厳格で厳しく、涙一つ流さなかった
鬼教師の父の目から
涙があふれました。
父は声の出ない口を開けて何かを言おうとします。
私は、口の形を読みました。
「か・み・に・か・ん・し・や」
父の目からとめどもなく涙が流れました。
「そーか、そーか
神に感謝か。
わかったわかった」
私は軽くあしらいました。
内心私はこう思いました。
(何が感謝だ。
みじめなことだらけの
泥まみれに、迷惑三昧の人生だったじゃないか。
挙句の果てに
こんな状態になってしまったじゃないか。
感謝もくそもないではないか。)
父は
「か・み・に・か・ん・し・や」
と口を開けたっきり、
状態が悪化し、
亡くなっていきました。
「なにが
神に感謝だ!」
私は
病室の床に唾を吐きました。