どんな時も美しいメロディーだけは忘れたくない~「小さな木の実」を吹いて思う。


この美しい音楽、聞き覚えがあるだろうか。

 

どこかで聞いた懐かしい調べだと思います。

 

そう。

1970年代に、「みんなのうた」で放映されて、

その後、

学校の音楽の授業にも出てきたあの歌です。

 

ものすごく美しいと思いました。

オカリナぽーる

この素晴らしい世界で、強く生きなさい

 

「小さな木の実」というこの曲、

少年のころの私の心をとらえて離しませんでした。

 

原曲はビゼーによる歌劇「美しきパースの娘」の中の「セレナード」だそうです。

 

ビーゼー

 

歌詞は正確に覚えていませんが、

 

父が亡くなっても、君は強く生きてほしい。

どんな境遇にあっても、

希望を持って、
この素晴らしい世界を強く生きていって欲しい。

 

こういう内容だったと思います。

 

でも、強く生きなくてもいいんだよ。

 

あのころ、

私は決して強く生きていませんでした。

 

学校でいじめに遭っては

それに立ち向かおうとはせず、

反抗もせず、仕返しをしようとも思わず、

 

帰り道、一人ぼっちで雲を見たり、

風の香りを感じながら水筒のお茶を飲んだりしていました。

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なぜ、強くなろうとしなかったのか?

一言で言って「めんどうくさかった」からです。

けんかをするのも、人と競うのも、面倒くさかったことが回想されます。

決して

優しかったとか、忍耐強かったとかいうことではありませんでした。

ただ単に、面倒くさかった。

 

でも今になって思います。

「面倒くさい」というのもありではないかと。

戦わないこと

逃げること

それもありじゃないかと。

 

「心」が壊れなくて済むのなら

「面倒くさい」ことにぶつからないように「心」を守ってもいいんじゃないか

そう思えるようになりました。

 

オカリナを吹いて思う

 

もう何もかも面相くさい、何もかも嫌になった・・・

そんなとき、

ポケットに持っていたオカリナを出して

この「小さな木の実」を吹きました。

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あの頃は歌詞も何も知りませんでした。

だから、この歌の歌詞が「強く生きろ」というのも

意識していませんでした。

 

ただ、美しかった。

心が心地よかった。

 

「どんな境遇にあっても強く生きよ」とこの歌は説いています。

しかし、

この歌のメロディーは

「強く生きなくてもいいんだよ」と言ってくれているようだったのです。

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ただ、

一つだけ言えること。

それは

 

どんな状態にあっても

どんな境遇にあっても

美しいことまで忘れてしまう必要はない。

美しいことは

楽しめばいいんだよ。

 

この歌は、そう教えてくれているんだと思います。

 

東関東大震災 3.11の津波災害を忘れない


2011年3月11日の東関東大震災で大きな津波災害がありました。

多くの人の命、大切なものが失われました。しかし、私たちは希望を失っていない。

ぜったいに、感謝と、ささやかな勇気と希望を忘れない

そんな気持ちをこめて、

鎮魂の即興演奏をインディアンフルートで吹きました。

3月11日レクイエム

 

 

2011年3月11日、東北地方太平洋沖で地震が発生し、

これまでに経験したことのない大きな津波が日本を襲いました。

 

この災害で、

多くの人が、大切なものを失い

多くの人が、いのちを失いました。

02

しかし

この災害で

私たちは大切なことを経験したと思います。

 

 

人と人が助け合っていく力

世界の人が、心を一つにして

祈りあい、助け合っている姿です。

 

 

つらい経験でした。

本当につらい経験でしたが、

暖かい涙も流したこと

ありがとうの涙を流したことを

 

 

私たちは決して忘れないと思うんです。

 

そんな気持ちをこめて、

鎮魂の即興演奏をインディアンフルートでしました。

 

私は、オカリナの演奏を専門にしていますが、

インデアンフルートの音色には深い祈りが乗せられることに気づき、

即興演奏としては初めて吹いてみました。

 

私のインディアンフルート創作演奏の動画はこちらです。

一緒に、お祈りください。

 

3.11を忘れない わだつみのきよめ

インディアンフルート即興曲

Do not forget 3.11, improvisation with Indian flute

 

 

 

 

 

4年前の3月11日、私たち社会福祉士会の仲間が

交代で救援に行きました。

しかし、まだ援助は続いています。

当面の助けが終わっても、その後に長く続く生活困難、

心の傷、そんなことに向き合っていくのには時間がかかります。

活動は終わらないことを、心にとめていきたいと思います。

卒業式のあの曲をオカリナで~ヘンデル カンタテ・ドミノ


卒業式や表彰式でよく演奏されるのあの曲。

賞状授与の時などに思い出があるのではないでしょうか。

あの有名な曲は、実は聖歌です。

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ヘンデル作曲の「カンタテ・ドミノ」(Cantate Domino )といいます。日本語の題は「新しい歌を主に歌え」

復活祭などで特別に演奏される合唱曲です。

オーケストラと、大合唱隊で編成される大規模な曲です。

私も聖歌隊のコーラスで、この曲のテノールを歌いました。

本当にハーモニーが美しい。

この素晴らしいハーモニーを何とかオカリナにできないかと

ずっと試行錯誤していました。

まだ研究途中ですが

動画を作りました。こちらです。

原曲は、ラテン語の聖歌で、

イエス・キリストの復活を喜び、賛美する内容になっています。

全人類と、全地に向かって、新しい歌を歌い

復活したイエスをほめたたえ、

その真実を世界に述べ伝えるという内容です。

たしかに、

イエスの復活を賛美する歌ですが、

私はオカリナを吹きながら、ふと感じたことがあります。

作曲者ヘンデルはきっと、

この歌を歌う人

一人一人の復活を

あらかじめ喜び、感謝して作ったのではないかと。

つまり、

時間を超えて、

現在聞いて歌う私たちの復活のことです。

復活?

そう。

復活とは、イエスのように一度死んで蘇るということだけではありません。

過去の悔いも

未来の不安も

一色して新しいいのちの境地に生きること。

それは、

呼吸をするたびに起こっています。

この

私たちの日々の復活を

時間も空間も越えて

ヘンデルはあらかじめ喜び、祝ったのに違いありません。

だから

私は、ヘンデルがもし今生きていて隣に座っていたら

きっとこう言ったに違いない詩をつくって、

動画の中に入れました。

動画をご覧ください。

卒業記念に贈るハレルヤ~癒しと喜びのオカリナハーモニー


卒業記念に贈るハレルヤ~癒しと喜びのオカリナハーモニー

図1

ハレルヤ(アレルヤ、allelujah)は、

復活祭やクリスマスに歌われるめでたい言葉です。

日本語に訳すことができないのですが

よろこびや賛美を表す、心の底から湧き出る言葉です。

 

きっと、卒業や、新しい門出をお祝いするときにも

ピッタリのニュアンスを持っていると感じました

 

いつか、「アレルヤの続唱」を

大きな教会の聖歌隊が歌っているのを聞いたことがあるのですが

圧巻でした。

 

力強い二人の男性バスから始まって

数名のテナーが加わり、

そして美しいソプラノが、まるで鳥が翼を広げて飛んでいるかのように

ハーモニーをくわえていく。

だんだんと唱者が増えて、

ついには大合唱になっていく様子を体感しました。

 

これをオカリナで表現できないかとずっと思っていたのですが

一人で作ってしまいました。

 

これがこの曲です。


4種類のオカリナによる6つのハーモニーで構成しました。

メンバーは私ひとりなので

独自に考えたマッチング収録法と、ミキシングを使って作りました。

まだ納得できていませんが、何回もやり直しました。

 

4フレーズ目に、バッハ­のお父さんでパッヘルベルの作曲したカノンをベースにしたソプラノを入れています。

 

卒­業などの門出の記念に贈る歌のプレゼントにピッタリの曲に仕上げました。

短い曲ですが

 

オカリナの持つハーモニーの力を聴いてみてください。

 

 

 

私の夢は

この合奏を

世界中の1000人のオカリナ愛好家とハーモニーすることです。(かなうかな?)

O HOLY NIGHT!新年に船をすすめよ。なすべきことは、魂が知っている


なすべきことは、魂が知っています。

「帆を広げなさい。魂からの風を受けなさい。一切をその風に任せつつ、あなたの舵とあなたのエンジンで船をすすめなさい。」

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新年にあたり、希望を新たにしようと思って

クリスマスに吹いた私のオカリナ演奏

「さやかに星はきらめき」(O HOLY NIGHT)の

Youtube動画を見ていました。

 

しかし、

 

去年1年を振り返ると、

 

カッコよくないことばかり浮かんできて、

 

つい落ち込んでしまいました。

 

「私は何をしてもうまく行かなかった。

 

よかれとして行ったことは

ことごとく裏目に出た。

 

もう

私は、何をしたらいいのか、

どうやって生きて行ったらいいのか

わからなくなってしまった。」

 

私は、「O HOLY NIGHTをヘッドホンで聞きながら

 

頭を項垂れていました。

 

 

 

 

そのときです。

 

心の中に、ユリともバラとも言いようのない

 

ものすごくきれいで光った花がイメージで浮かんで

 

 

こんな言葉が心に直接やってきたのです。

 

(耳で聞いたのではありません。

 

表現しにくいのですが

 

すべてのことばの内容は

 

一瞬にイメージで入ってきました。)

 

この雰囲気は、間違いない。

 

O HOLY NIGHTの主役

 

聖母マリアからのものだと、直感で感じました。

 

 

 

 

「この人生で 何をすべきか

 

それは、

 

あなたの魂が知っています。

 

 

 

これをなすべきだと頭でわかったと思っても

 

心でわかったと思っても、

 

 

もしかしたら

 

 

それは、魂に向かう旅路の途中のことなのかもしれません。

 

 

 

 

なすべきことはこれだと思っても、

 

変わっていくこともあるでしょう。

 

 

 

 

あなた自身が

 

刻一刻と歩いて変わっていくように

 

 

 

それは

 

変わっていくかもしれません。

 

 

 

 

でも

 

 

自分で選んで

 

自分で引き受けたことに

 

 

何一つ無駄はありません。

 

 

 

 

どんな道を通っても

 

 

どんな乗り物で通っても

 

 

 

あなたの旅路は、

 

 

魂に向かっていくのです。

 

 

 

 

ぜったいに変わらない帆風を

 

その帆にうけて進んでいく船のように。

 

 

 

 

 

帆を広げなさい。

 

魂からの風を受けなさい。

 

一切をその風に任せつつ、

 

あなたの舵とあなたのエンジンで

 

船をすすめなさい。

 

 

 

あなたのなかに

 

どんな時も変わらずに輝いている

 

あなた自身のたましいに向かって

 

いのちの船をすすめるのです。

 

 

 

 

人が生まれて

 

生きて

 

育っていくのは

 

魂に向かっていく旅のようなものです。

 

 

 

それは

 

もうあなたが知っています。

 

 

 

行きなさい。

 

主の喜びと平和の裡に」

 

 

 

感謝の涙がとめどもなく流れました。

 

 

行こう。

 

2016年。

 

私のいのちの旅路を、行こう。

 

 

決心がより固くなりました。